大判例

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高松高等裁判所 昭和26年(う)1246号 判決

控訴人 被告人 大前恒美

弁護人 木村鉱

検察官 十河清行関与

主文

原判決を破棄する。

被告大前恒美を懲役四年に処する。

原審未決勾留日数一〇〇日を右本刑に算入する。

押収にかかる拳銃、薬夾及弾一個(刑第八、九及一九号)ジヤツクナイフ一挺(刑第一〇号の一)は没収する。

理由

弁護人木村鉱の末尾添付控訴趣意第一点について、

原審第五回公判調書には裁判官松永恒雄裁判所書記官補真野正列席の上検察官出席し開廷した」との記載があつて出席した検察官が何人なりやその氏名を知るに由ないけれども検察官出席しと記載しある以上適法に職務を行うことができる検察官が出席したものと認められるから第五回公判は判決裁判所の構成に缺ぐるところがないものと言わなければならぬ。尤も右検察官出席したる記載は所論の如く不動文字であるけれども果たして検察官が出席しなかつたものとすれば右記載は抹消せられなければならない筈であり現に同調書中二ケ所に亘る簡易裁判所なる不動文字の内簡易なる部分は何れも抹消せられて居るに拘らず検察官出席しなる不動文字には毫も抹消せられた形跡がないから不動文字の記載なることを理由としてその証明力を否定することはできないものと言わなければならぬ。然らば該調書に出席検察官の「氏名」の記載がないことは刑訴規則第四四条の規定には違反するけれどもこの手続違反は判決に影響を及ぼさないから論旨は理由がない。

同第二点について、

記録及原審の取調べた証拠に現はれている所論の情状を考慮して原審の量刑を検討するに判示認定の犯行自体悪質であるがその後における被告人の行状、環境等に鑑みると情状酌量するを相当とするものがあると思料されるので論旨は理由がある。

よつて刑訴法第三九七条第三八一条に則り原判決を破棄し同法第四〇〇条但書により直ちに原審が適法に確定した事実を法令に照らすと、被告人の所為中強盗の点は刑法第二三六条第一項第六〇条に、拳銃不法所持の点は銃砲刀剣類等所持取締令第二条第二六条麻薬不法所持の点は麻薬取締法第三条第一項第五七条に該るところ以上各罪は刑法第四五条前段の併合罪であるから銃砲刀剣類等所持取締令並麻薬取締法違反の各罪については懲役刑を各選択し刑法第四七条本文第一〇条第二項に則り重い強盗の罪の刑に同法第一四条の制限内で加重し猶同法第六六条第六八条第七一条に従つて酌量減軽をした刑期内で主文の通り量刑し同法第二一条により原審未決勾留日数一部の通算をし同法第一九条銃砲刀剣類等所持取締令第三〇条により判示強盗の犯行に供しかつ不法所持の組成物であり被告人以外に属しない主文表示の物件を没取し主文の通り判決するのである。

(裁判長判事 三野盛一 判事 太田元 判事 横江文幹)

弁護人木村鉱の控訴趣意

第一点原判決は検察官立会せず適法なる訴訟手続によらざる公判開廷に於て言渡されたものであるから破棄さるべきものである。即ち原判決は昭和二十六年十一月十二日言渡されたるものであるが同日の第五回公判調書には、裁判官 松永恒雄 裁判所書記官補 真野正 列席の上 検察官 出席し公開の法廷で開廷した、とあるも右検察官なる印刷文字の下に官氏名の記載全然なく右検察官なる文字は偶々用紙として印刷されたるに止まり特に此用紙は徳島簡易裁判所の用紙を転用したるものなることは末尾の裁判所名訂正押捺によりて明かにしてかかる用紙の印刷文字を以てしては果して如何なる官氏名の即ち有効にその職務を行い得べき如何なる検察官が立会したるや皆目不明にして明かに刑事訴訟規則第四十四條第二号の記載要件にも反し無効なる公判調書たるのみならずこの調書によれば結局検察官の立会なくして公判開廷言渡したることに帰しかかる重大なる手続の欠陥は判決の有効無効にも関連し原判決は当然破棄さるべきものと信ずる。

第二点原判決は量刑著しく不当であるから破毀せらるべきものと信ずる。即ち被告人の経歴は父大前恒二は九州大学農学部を卒業したる農学士にして和歌山県愛媛県の農事試験技師、場長等を勤めたるものであつたが被告人六才妹和子四才の時死別しその後母和歌子は小学校教員となりて被告人等を養育して居たが此の母も亦被告人十二才妹十才の時死亡し尓来祖母イクノの手のみにて養育せられたるため被告人は父母の愛情を受けず薄幸なる運の下に成長したるため世の常人の如く快活性乏しく消極的の性向となりたるも亦已むを得さるところであるが又憫諒すべき点もありその外祖父前田鶴吉(実母和歌子の父)はその後も現存し同人は徳島県下各小学校長を歴任し名校長の誉高く後に県視学県社会課主事を勤めたる人士であるが此の人が他家にあるとは言へ祖父として被告人を絶へず訓育し来たものであり被告人は中学四年迄進み成績亦相当優秀であつたが戦時中祖母一人が田四、五反歩を耕作するを見るに忍びず自ら進んで中学を中退し、尓来戦時中戦後迄真面目に祖母と共に家業を守つて来たが父母の弱き遺伝素質を受けたるものか漸次肺結核的症状を呈したるため此身体的苦痛を免るべくヒロポンを常用したるため益々心身の権衡を失したるためと種々なる雑誌耽読のため偶然本件起訴事件の如きを企図共犯者宮本光男の助力を得て(共犯者は裁判を受けず四国少年院善通寺町所在に収容訓育矯正中)決行したるものであるがその形式に於ては強盗なるもその行為の実態は被害者湯浅玄雄邸に上る際履物をぬぎ行為中の挙措動作又温順にして被害者の緊縛をゆるめて帰る等人情味ある態度に出で被害者に強暴なる行為に出でず又その被害者家族には全然行為を知らしめずその物静かなる行動は被害者湯浅玄雄医師をしてかかる愛すべき強盗ならばもう一度来てよろしいと述懐せしめて居る程であり実質的には危険性毫も無き行動に出て居るものである。亦本件検挙後は本人改悛の情特に顕著にして泣いて前非を悔ひ居り又前記前田鶴吉外祖父は被告人の行為に驚愕すると共に被害者宅を訪れ孫の行為を深かく陳謝すると共に被害金額全額弁償する行為に出で被告本人亦警察署で被害者に面接の際は心から非行を陳謝する態度に出で居り未決勾留中専ら精神修養書を読み徹底的に自己反省が出来て居るものである之等の事実と被告人が未だ二十一才の青年でありその家系は父母祖父母共に善良で(祖父大前徳三郎は村助役県吏員を勤め特に能書家で村民の尊敬する人物であつた)そのよき性質を受け継ぎ居り被告人は本来の性質は善良温順なる点に鑑みれば此被告人に再犯の虞等絶対になく社会に直に復帰せしめて何等差支なく又被告人の出所後村へ復帰する場合は全村民挙げて将来の善導を誓ひ居る点をも考へ併せれば原審が懲役六年の重刑を科したるはその量刑著しく失当であつて被告人に対しては寧ろ諸般の情状酌量の上法律上許さるべき最短刑を以て之を遇するが至当であると存ぜらるゝ次第である。(中略)仍て原判決を破棄せられ更に軽き御判決を望みます。

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